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New!イラン訪問

広島大病理学研究室 会報誌「一樹」より特別寄稿文掲載

イランとの交流その後 テヘランでの医学セミナーの開催
井内 康輝 教授


 2009年2月28日夜、津谷静子理事長、津谷隆史先生らモースト(MOCT)の会のメンバーとともに広島をたって、関西空港からアラブ首長国連邦、ドバイ経由でイランの首都テヘランに向かいました。私は今回で3度目のイラン訪問になります。

 今回の目的は、イランの毒ガス(マスタードガス)被害者のケアを行っているイラン人医師と共同で、毒ガス傷害の診断・治療に関する医学セミナーを開くことにあります(新聞記事参照)。ここに至った経緯を説明しますと、2006年7月、私がはじめてイランを訪問した際に、医学交流協定を結んだことに始まります。副大統領官邸において、イランのJMERC(Janbazan Medical and Engineering Research Center)の代表であるDr. M. Reza Soroushと私の間で調印した協定では、定期的に医療人の交流をはかって患者に役立つ医学研究をすすめることを約束しています。これにもとづいて2008年1月、イラン人医師3人と看護師1人が来広し、約3週間、広島大学病院、県立広島病院、放射線影響研究所などで研修を行いました(一樹第27号に掲載)。

写真1 病理セミナーの写真
写真2 Bahadori教授
 これに続いて2008年7月の私の2回目のイラン訪問では、イラン各地の医科大学を訪問し、医師・医学研究者の間の交流を行うことができました。すなわち、北部のKermanshah(ケルマンシャー)大学では、研究室レベルで毒ガス患者の免疫異常の研究が行われており、その発表をきいて意見交換しましたし、南部のShiraz(シラーズ)大学では、医学部長に日本における毒ガス障害について説明し、今後の交流の継続を約束しました。テヘランでは、イラン医学アカデミーの会員でもあり、イラン病理学会の重鎮であるMoslem Bahadori教授と日本とイランの毒ガス傷害の違いについて組織写真を実際にみての検討会を行いました。

 これらの成果をもとに今回は、これまでイラン側からの要望が強かった、広島での毒ガス傷害者の診断・治療の経験のある呼吸器学、眼科学、皮膚科学の専門医を伴ってイランを訪問し、各分野の専門医レベルでの情報交換を行うことを目的としたセミナーをテヘランで開催しました。各分野の専門医としては、呼吸器学については県立広島病院呼吸器内科の土井正男部長、眼科学は広島大学視覚病態学(眼科学)の木内良明教授、皮膚科学では、島根大学医学部皮膚科学の森田栄伸教授にお願いしました。

 2009年3月1日昼にテヘランに到着し、夕方、SCWCS(Society for Chemical Weaspons Victims Support、化学兵器被害者協会)の歓迎夕食会に臨み、翌3月2日朝9時から早速、分野別のセミナーを行いました。以下にその内容を簡単に報告します。

(1)病理分野 テヘラン市北部のMasih病院に向かいましたが、ここは山麓にある前王朝政権からの歴史的な建物であり、結核療養所として建てられたものの現在は呼吸器疾患センターとして基幹的な役割を果たしています。ここで、前述のBahadori教授と2008年1月に来広したBaqiyatallah大学の病理学助教授のDr. Hassan Akbari他と顕微鏡で標本をみながら討論を行いました(写真1、2)。その結果、イランの被害者は末梢肺において細気管支周囲の膠原線維及び平滑筋線維の増殖がみられる(彼らは、拘束性細気管支炎とよんでいます)のに対して日本では、末梢肺の所見としては小葉中心性肺気腫をみるにすぎないという相違があることが分りました。この違いは、イランでは一回の大量曝露、日本では微量の長期間曝露というマスタードガスへの曝露状況の差による可能性が高いと考えられますが、さらに日本の患者の多くは、喫煙歴のある高齢者男性、イランは兵士や一般住民であり、曝露からの年数が短いことも考慮する必要があることなどを討論しました。

(2)呼吸器臨床分野
写真3 左端:土井正男先生、中央:Ghanei教授
 Baqiyatallah大学病院において、土井正男先生と同大学の内科学Mostafa Ghanei教授及びそのスタッフでセミナーが開催されました。土井先生が広島での経験を、Ghanei教授がイランの障害者に関する研究をそれぞれ述べ、病理と同様、曝露状況の違いが臨床所見の違いとなっている可能性が指摘されました。

広島でみられる気道癌の好発については、イランでの発生は現在のところ観察されていないようです。その後、当日外来を受診した5名の被害者の診療を共同で行い、呼吸器障害に加えてPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療が行われていることが印象的であったと報告されています(写真3)。

(3)眼科臨床分野
写真4 眼科手術室の風景。女性の手術着以外は日本と変わらない
 眼科分野のセミナーは、毒ガス傷害者の治療の基幹的病院であるLabbafinejad(ラバフィニネジャド)病院で開催されました。イラン側はDr. Jaradi以下約50名の眼科医(女医が約20名)であり、午前中は被害者を共同で診療し、治療方法について意見交換がなされましたが、多くの患者が、被曝後10年以上経過してから発症し、主として角膜と強膜との境界線を中心とする結膜の虚血性変化が認められ、角膜穿孔も生じているとのことでした。その治療については、イラン側は幹細胞移植を中心に行っているようですが、木内先生は輪部の羊膜移植と結膜の被覆から始めて、step by stepで治療計画をすすめるべきと進言されたようです。一方、同病院の眼科の手術設備は大変優れたものであり、また医師の待遇もよいことに木内先生は驚かれていました。さらに木内先生は、3月3日の全体報告会に先立って同日の午前7時30分から、「Ocular reconstruction surgery」と題した約1時間の講演も行われています(写真4)。

(4)皮膚科臨床分野
写真5 全体報告会での森田教授の発表
写真6 全体報告会の会場風景
 Janbazan(ジャンバザン)医学研究所で開催されたセミナーではまず、森田教授から、広島の被害者の遅発性皮膚障害(色素異常、脂漏性角化症、皮膚腫瘍など)が報告されました。次いで、シャヒードベヘシュティ医科大学皮膚科のToosi教授からイランの被害者5668名の皮膚後遺症についての報告があり、テヘラン大学皮膚科のFirooz医師からは、被害者であるイラン兵士の角質水分量測定および経皮水分蒸散量測定の結果、これらがいずれも亢進していることが報告されました。さらに、今後の問題としての皮膚腫瘍の発生について議論され、その後に5名の患者の診療を共同で行いました(写真5)。

 翌3月3日は、Shohada Museum(化学兵器被災者博物館)において全体報告会が開催され、各種の挨拶の後、井内がこれまでの交流の歴史の概括を述べ、次いで各分野別セミナーの報告に移り、各分野とも熱心な討論が行 われ有意義であったことが述べられ、モーストの会津谷理事長の挨拶で締めくくりました(写真6, 7, 8)。全体報
写真7 全体報告会の木内教授の発表
写真8 全体報告会の正面風景
告会終了後も昼食をとりながら今後の交流について話し合われましたが、私はGhanei教授から、ゲノム研究の指導を依頼され、また免疫学の研究グループからは研究論文の指導も依頼されました。また、眼科臨床分野ではイランの若手医師から広島での研修の機会を早期に与えてほしいとの希望が多く寄せられました。2009年秋頃、この希望をかなえたいと考えています。

 3月3日夜、土井正男先生とモーストの会のメンバーを残して、木内先生、森田先生と私はテヘランを後にし、ドバイ経由で3月4日夕方、関西空港に戻りました。大変慌ただしい日程でのセミナーでありましたが、モーストの会の草の根交流から始まったイランとの交流が、こうした医学交流の実を結びつつあることは、大変喜ばしいことと考えています。

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